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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)7421号 判決

原告(反訴被告)

斉木雅士

被告(反訴原告)

韓公和

主文

一  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する別紙記載の交通事故に基づく浜川医院の治療費を除く損害賠償債務は存在しないことを確認する。

二  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じ、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年一〇月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

3  仮執行の宣言。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第二項と同旨

2  訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1別紙記載のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

2 被告(反訴原告、以下「被告」という。)は原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、本件事故により被つた損害賠償として三〇〇〇万円を請求している。

3 よつて原告は被告に対し、本訴請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  本訴請求の原因に対する被告の認否

1  本訴請求の原因1及び2はいずれも認める。

2  同3は争う。

三  本訴請求についての被告の抗弁

後記反訴請求の原因のとおり。

四  被告の抗弁に対する認否

後記反訴請求の原因に対する認否のとおり。

五  反訴請求の原因

1  事故の発生

別紙記載のとおり本件事故が発生し、被告は後記傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

原告は、加害車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

原告は、加害車を運転するに当り、前方を注視することを怠つた過失がある。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

むちうち症、頸椎捻挫、腰部挫傷

(2) 治療経過

入院

昭和五五年三月一三日から同年五月二四日まで

浜川医院

昭和五五年五月三一日から同年一〇月三一日まで同医院

通院

昭和五五年一月二九日神保外科病院

昭和五五年一月三一日から同年三月三一日まで

共和病院(通院一六日)

昭和五五年五月二五日から同月三〇日まで浜川医院(実日数三日)

昭和五五年一一月一日から昭和五六年一月三〇日まで同医院(実日数七日)

昭和五七年一月六日から同年四月三日まで大阪警察病院(実日数一一日)

(3) 後遺症

昭和五七年四月三日症状固定(自賠責保険手続上自賠法施行令二条別表等級一二級該当と認定された。)

(二) 入院雑費 一八万一六〇〇円

(三) 逸失利益

(1) 休業損害

被告は、事故当時曹渓宗禅法寺の住職を勤めるかたわら、神霊師、祈祷師として祈祷をし、少なくとも一か月平均九一万円の実収入を得ていたが、本件事故により、昭和五五年一月二八日から昭和五七年四月三日まで休業を余儀なくされ、その間少なくとも二六か月分二三六六万円の収入を失つた。

(2) 後遺障害に基づく逸失利益

被告は、前記後遺障害のため、四年間にわたりその労働能力を一四パーセント喪失したものであるから、被告の後遺障害に基づく逸失利益は合計六一一万五二〇〇円となる。

(四) 慰藉料

入通院分 二〇〇万円

後遺障害分 二〇九万円

(五) 弁護士費用 三三八万六一五〇円

4  損害の填補

被告は原告から四三万九八〇〇円の支払を受けた。

5  よつて、被告は原告に対し、損害賠償金内金三〇〇〇万円及びこれに対する本件不法行為の日後の日である昭和五七年一〇月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  本訴請求の原因に対する認否

1  反訴請求の原因1(一)ないし(四)及び(五)の内被告の受傷を除く事実は認め、右被告の受傷は否認する。本件事故は極めて軽微な追突事故である。

2  同2(一)及び(二)の事実は認めるが、責任は争う。

3  同3はいずれも争う。

4  同4は認める。

5  同5は争う。

七  原告の主張

1  既応症

被告は、昭和五一年七月一日にも自動車の同乗中追突事故にあい、頸部捻挫等の傷害を負い、昭和五三年二月六日両頸肩、背部、両上肢しびれ、頭部圧痛等の後遺症状が固定し、労働能力は全く期待できないとの医師の診断がなされていたものであるから、仮に被告が本件事故により負傷したとしても、本件事故後の損害額から右既応症の寄与分は控除されるべきである。

2  損益相殺

被告は、自賠責保険金二〇九万円の支払を受けた。

八  原告の主張に対する被告の認否

1  原告の主張1は争う。

2  同2は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本件事故の発生

反訴請求の原因1の事実は、被告の受傷の点を除き、当事者間に争いがなく、被告の受傷については後記三1で認定のとおりである。なお、成立に争いのない甲第一号証の一ないし六及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、加害車を運転して、先行する三輪義教運転の車両の約一五メートル後方を時速約二五キロメートルで走行して、本件交差点に進入し始めたところ、三輪運転車が五メートル前方の地点で急に停止したのに気づき、直ちに制動措置を講じたが約一〇メートル前進して三輪運転車に追突し、加害者前部バンパーと三輪車後部に軽微な凹損が生じたことが認められる。

二  責任原因

反訴請求の原因2(一)の事実については当事者間に争いがない。従つて、原告は、自賠法三条の規定により、被告が本件事故によつて被つた損害を賠償する責任がある。

三  被告の受傷、治療状況

1  受傷

前記認定の本件事故の態様並びにいずれも成立に争いのない甲第二六号証の一、二及び第四一号証、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、本件事故により、外傷性頭頸部症候群の傷害を負つたことが認められる。前掲甲第一号証の一ないし六及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故の衝突の程度は軽微であることが認められ、しかも、被告は追突した方の車両に同乗していたものであること前記のとおりであり、いずれも成立に争いのない甲第三八号証、第四〇号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる第四八号証ないし第五〇号証の各一ないし三、第五一号証の一、二及び第五二号証の一ないし三によれば、車両間の軽微な衝突事故と傷害発生との間の因果関係につき、これを否定し、あるいは一部に限つて認めた裁判例、鑑定例が存在することが認められる。

しかしながら、証人福田真輔の証言によれば、自動車と自動車との衝突によつて同乗者が頸部等に傷害を負うかどうかは、身体に対する衝撃の強度には関わるが、それは必らずしも車両間の衝突の程度の大小と相関するものではないことが認められ、前掲各証拠は、本件事故と態様が類似してはいても、諸条件が全て一致するものとまでは認められないから、前記認定の妨げにはならない。

2  治療状況

前掲甲第二六号証の一、二、いずれも成立に争いのない甲第二七号証の一、二及び乙第一号証、証人福田真輔の証言により真正に成立したものと認められる乙第五号証、証人浜川和成及び同福田真輔の各証言並びに被告本人尋問の結果によれば、被告は、反訴請求の原因3(一)(2)のとおり入通院したことが認められる。

なお、証人浜川和成の証言及び被告本人尋問の結果によれば、右入院治療について浜川医師は、通院治療も可能と考えていたが、被告の強い訴えがあつたため、入院治療の方がより良かろうと判断して入院させたこと、被告は、右入院中も週末にはしばしば医師に無断で帰宅していたことが認められる。

3  後遺症

前掲乙第五号証によれば、大阪警察病院の福田医師は、被告につき、昭和五七年四月三日、頸部痛、頸膸節知覚鈍麻が症状固定したとの後遺症診断をしたことが認められる。しかしながら、証人福田真輔の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第三号証によれば、福田医師は、昭和五七年一月六日から被告を診療し始めたものであり、被告に対し、保存療法を行なつたが、自覚的所見、他覚的所見ともに変化がなかつたため、診療の最終日である同年四月七日を症状固定日としたものであること。また、右症状とレントゲン線所見の第五、第六頸椎々間狭小等との間には関連性があるが、右レントゲン所見(頸椎々間板症)は本件事故に基づくものか、年令的その他被告の体質的素因等に基づくものかは医学的に判断できないと考えていることが認められる。

そして、前掲甲第二六号証の一、二及び乙第一号証、いずれも成立に争いのない甲第四一号証及び第四二号証並びに証人浜川和成の証言によれば、被告は、前記のとおり本件事故後受診した神保外科病院及び共和病院でのレントゲン所見上は頸椎に異常は認められなかつたこと、昭和五六年一月三〇日まで被告が診療を受けた浜川医師は、右診療終了時には、被告の症状は殆んど軽快していたものと判断していることが認められ、被告は、その後約一年経過した昭和五七年一月六日から大阪警察病院の診療を受け始めたこと前記のとおりであり、本件事故態様等も考え合わせると、本件事故と前記大阪警察病院で診断された頸椎々間板症及びこれと関連のある頸部痛との症状との間には相当因果関係があるとは認められない。

四  損害

1  入院雑費

被告が二二七日間入院したことは前記のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、被告は右入院中の雑費として少なくとも被告主張の一八万一六〇〇円を要したものと認められる。

2  逸失利益

(一)  休業損害

証人渡辺英子の証言及び弁論の全越旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし一六及び第四号証(後記採用しない部分を除く)、証人渡辺英子及び同福田早苗の各証言並びに被告本人尋問の結果(いずれも後記採用しない部分を除く。)によれば、被告は、本件事故当時五三才で、韓国の曹渓宗に属す禅法寺の任職として法要等を営む他、霊感占い、祈祷も行なつており、本件事故前の昭和五四年九月から昭和五五年一月までの約五か月間に四七八万円(一か月当り九五万六〇〇〇円)の祈祷料等を得、その他霊感占いによる布施等の収入も得ており、他方、一か月当り八九万三五〇〇円の経費を要していたことが認められ、霊感占いによる布施等の収入額については、前掲乙第四号証の記載中、証人渡辺英子及び同福田早苗の証言中並びに被告本人尋問の結果中には、一か月当り七〇万円ないし一五〇万円であつたとする部分があるが、渡辺英子及び福田早苗は被告の身のまわりの世話をしていた信者であり、乙第四号証は渡辺英子が本件事故発生後作成したものであり、布施額の明細もないことから、右各証拠の右記載もしくは供述部分は採用することができない。従つて、被告の本件事故前の実収入額は明らかではないことになるが、弁論の全趣旨によれば、被告は、経費を控除した実収入額として同年令の女子平均賃金(昭和五五年賃金サンセス産業計、企業規模計、学歴計女子五〇才ないし五四才の平均賃金は二〇一万五八〇〇円である。)と同額程度を得ていたものと推認される。被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件事故後殆んど稼働していないことが認められるが、前記受傷の程度、治療状況(入院中もしばしば無断外泊あり。)及び被告の稼働内容等の諸事情を考え合わせれば、被告の稼働能力の喪失の内、本件事故日である昭和五五年一月二八日から前記後遺症状の固定した昭和五六年一月三〇日までの三六九日間の八割相当が、本件事故に基づく傷害(後記既応症の寄与分も含む。)と相当因果関係のある休業損害であると認められ、左記算式のとおり一六三万〇三一二円となる。

(算式)

二〇一万五八〇〇÷三六五×三六九×〇・八=一六三万〇三一二(端数切り捨て、以下同じ)

(二)  後遺障害に基づく逸失利益

被告に本件事故と相当因果関係のある後遺障害が存するとは認められないことは前記のとおりであるから、被告の後遺障害に基づく逸失利益の主張は失当である。

3  慰藉料

本件事故の態様、被告の傷害の部位、程度、治療、状況、入通院日数、その他諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は一〇〇万円とするのが相当であると認められる。

五  既応症等の寄与

1  いずれも成立に争いのない甲第三号証、第四号証、第六号証ないし第一三号証、第二一号証ないし第二五号証及び及び第三六号証、証人浜川和成の証言(後記採用しない部分を除く。)並びに被告本人尋問の結果によれば、被告は、昭和五一年七月一日午後二時五〇分ころ、名古屋市千種区青柳町二丁目一四番地一先路上において、その同乗する普通乗用車が普通貨物車に追突されるという交通事故(以下「前事故」という。)に遭遇し、頸椎捻挫症候群等の傷害を負い、同日から同月五日まで大隈病院に通院、同日から同年一二月三一日まで浜川医院に入院、昭和五二年一月一三日から昭和五二年六月二二日まで生野病院に通院、同月二三日から昭和五三年二月六日まで国立大阪病院に通院して治療を受け、国立大阪病院の川田嘉二医師により、後遺症として両側頸部圧痛、両背部筋の緊張、両上下肢全体の知覚障害が前同日症状固定し、他覚的所見に乏しいが、心神症的愁訴がきわめて高度で精神神経障害が著しく、難治が予測されると診断されたこと、浜田医師は、本件事故後の被告の治療経過につき、被告の心神症的素因が治療期間を長引かせた一因であると考えていること、被告は、右後遺症状につき自賠責保険手続上自賠法施行令二条別表等級一二級一二号に該当すると認定されて後遺障害保険金を受領した他に、昭和五三年三月一三日、前事故の加害者側との間で、三一〇〇万円の損害賠償を受ける旨の示談契約を締結したことが認められる。

前掲乙第一号証の記載中及び証人浜川和成の証言中には、浜川医師は本件事故後の傷害と前事故との間には因果関係がないものと判断しているとする部分があるが、証人浜川和成の証言によれば、浜川医師は、被告が浜川医院での治療によつて治癒したとの判断を前提にしているところ、前記のとおり被告は、その後も国立大阪病院で治療を継続していたものであり、これと対比すると右各証拠の右記載及び供述部分は採用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の前事故による被告の後遺障害の内容程度と前記の本件事故後の被告の傷害、治療状況の内容程度等を考え合わせると、本件事故後被告に前記認定の損害が生じたことには、本件事故時既に存した右後遺障害及び被告の心身症的素因も三割程度寄与しているものと認められる。

2  従つて、前記損害額二八一万一九一二円から右既存障害の寄与分三割を減額して被告の本件事故と相当因果関係のある損害額を算出すると、一九六万八三三八円となる。

六  損害の填補

反訴請求原因4及び原告の主張2の事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、被告は、前記損害額を上まわる二五二万九八〇〇円の填補を受けているから、被告の原告に対する本件事故に基づく損害賠償債務は存在しないことになる。

七  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過及び結果等に照すと、被告は原告に対して本件事故による損害賠償として弁護士費用を請求することはできない。

八  結論

よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川誠)

別紙

日時 昭和五五年一月二八日午後四時二〇分頃

場所 名古屋市守山区森宮町一番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

加害車 普通乗用車(名古屋五五い四四〇三号)

右運転者 原告

被害者 被告

態様 被告が同乗していた加害者が訴外三輪義教運転の乗用車に追突したもの

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